心理学療法+音!「音楽療法の歴史」

「音楽療法の歴史」

 

音楽療法の始まりは、大昔のこと・・・

 

人間が病にかかった時、それが病気とわからなかったため、
「悪霊に取り憑かれた」とか「神様のお怒りに触れてしまった」
と考えられていた時代に遡ります。

 

古代ではエジプトにて。。。/音楽療法

 

「山鳴りや海鳴り」等の音は神の声と言われていました。

また「病いに罹ることは神の怒りに触れた結果」であるとも言われていたのです。

その為、癒す手段として「呪術師」「呪い師」達が病人の前で祈りを捧げ・・・

 

悪霊だと信じられていた時であれば。。。

退散させるために。。。
大きな音の出る物を叩いて悪霊を驚かせたり、
もしくは怖がらせたり・・・

 

神様のお怒りだと信じられていた時であれば。。。

鎮めるために綺麗な音の出るものを作り
優雅なゆったりとした音楽を奏でたり・・・

 

さらに、人間が奏でる音楽によって神と交流が図れると信じて、
神への祈りを捧げる場で音楽が用いられるようになったり、

また、医者の間では、鎮痛に音楽の使用が勧められていたことも
あったとのことです。

この儀式が「音楽療法」のルーツと言われています。

 

もう一つ、アメリカインディアンは、投薬にあたって身内が病床を
囲んで歌を奏でると薬がよく効くと伝えられていた、という話も。。。

 

キリスト教時代では。。。/音楽療法

 

「教会に医療施設」が設けられ、そこで神の力による救いを求めて、
病床に宗教音楽を提供する習わしがあったそうです。

教会音楽が人間の魂を鎮め、癒し、「敬虔 けいけん」な気持ちをもたらす
ものとして重要とされたとのことです。

 

因みに・・・「敬虔 けいけん」とは。。。聖書によく出てくる言葉

 

自分はちっぽけな存在で、取るに足りないものである。

うぬぼれやわがままが周りの人達にどのような感情を及ぼすだろうか、
また自分自身にどんな結果をもたらすか。。。

神に対する自分の力の無さを認め、強大な神を信頼し、
神との関係においてはこの広い宇宙の中、
自分はちっぽけな存在だということ。

 

現在の音楽療法へ繋がるキリスト教時代の教会音楽は、「音楽」が
治療媒体の一つとして民衆に受け入れられていく大きな転機となり、
その教会音楽が、その後の音楽療法の基盤を支えていったものと
考えられています。

 

近代においては。。。/音楽療法

 

第2次世界大戦後のアメリカ陸軍病院で音楽療法が取り入れられました。

戦争体験により、人間が様々な問題を抱え込み、また戦争神経症に
代表されるような心因性疾患が蔓延化し、その対策に迫られる事態と
なったこと・・・

そして、ベトナム戦争でも多くの兵士がアルコールや麻薬中毒に陥り、
その結果改めて精神療法の重要性が叫ばれたこと。。。

どれだけの数の人が戦争により心因性疾患となってしまったことか・・・
深層心理に根深く残り、簡単に癒せるものではありません。

(安らぎや、安定をで奏で、心で感じる癒し。。。)

そこで、古くからのキリスト教によって支えられた音楽療法が、
現代医学の中で組織的に行われる様になった経過があるそうです。

(大戦を契機にした心身医学の発展と共に、アメリカ音楽療法も
大きな発展をしたらしいです・・・)

 

以上のことから。。。/音楽療法

 

音楽療法は古代より、人間が心身病と出会う度、
治療法を生み出していくという医療の発展と共にあり、
それらの時代の流れの中で、音楽療法の基盤が定着していったのです。

 

今の私は・・・・

音・音楽により安らぎを感じ、また励まされ、時には背中を押してもらい、
今まで生きることが出来ました。

そんな「音」・「音楽」は、これからも一生私の側で聞こえています。

これからもずっと一生、私を支えてくれる大切な、必要なものです。

その音で、一人でも多くの方が救われたら。。。それが私の望みです!!

 

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